コミュニケーション技法と伝えたい思い。

2015年7月24日

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先日のSCAイベントのとき以来、いまだに物言いの丁寧さについてあれこれ考えています。

私はいまだに卒業した大学の近所に住んでいるため、調べ物や書き物をするときは母校の図書館を利用させてもらうことがよくあるのですが、先日おじゃましたときに大学の夏休みを前にレポートの書き方や過去の実習報告集の特設コーナーができていて、偶然にも自分が学生だったころの実習報告集を見つけてしまったので、思わず眺めてみたのですが…というお話を少し。

私の同期はみんな本当に優秀だったので、文章もしっかり書けていてさすがと思った一方、自分の文章があまりに稚拙すぎて、図書館でひとりで身悶えするという状況に陥ってしまったのはまあ置いておくとしまして(笑)。当時の私は福祉を学ぶことや福祉の仕事に就くことに少し疑問を感じていてドロップアウトしかけていた時期だったこともあり、実習も当初の予定内に通い切ることができず振替え・振替えでどうにかやり終えることができたというような状況だったのですが、そんな中でも実習先の障害者デイサービスはすごく楽しくて、「福祉って楽しいかも」と思い直すことができた実習でもありました。というのもこの障害者デイの職員さんたちが本当にステキなひとたちばかりで利用者さんもみんな居心地がよさそうに楽しんでいたし、何より自分がとても楽しめたんですね。またその実習では利用者とのコミュニケーション技術の向上を目標に掲げていたので、その達成のために思う存分邁進することができた貴重な機会でもありました。

報告集での自分の言い分はどうでもいいとして、そのレポートに実習担当の先生がコメントをくださっていたのを改めて読んでみて、本当にそうだなぁと思いました。それは「コミュニケーションの技法が伝えたい思いとは切り離せないものであるということをぜひ深めて、自分の内面的な動きを相手に伝えやすい形に整えることに取り組んで欲しいと思います」というものでした。まったくその通り、ぐうの音も出ません。なぜこのシンプルで真を突いた教えをずっと守ってこなかったのか、自分に腹が立ってしまうほどです。これさえ堅実に守っていれば、あのとき誤解を生んだり、そのときコミュニケーションの破綻を招いたりすることもなかったのに…と今さらながら後悔することしきりであります。とはいえ、変えられない過去のことをずっと嘆いていてもしょうがないので、読み返した先生の金言を胸にこれからは「コミュニケーションを整える」ことをちょっと気にしていこうと思いを新たにしたワタクシなのでありました。

ちなみに余談なのですが、このときの実習で自分がつかせてもらった職員さんっていうのが某有名女優さんのご親戚の方で、その方もめっちゃエンターテイナーで(たぶんご本人のキャラと資質なのだとは思いますが)。特にレクリエーションが充実しているデイサービスという場所柄、そういう盛り上げ力バツグンなひとがこういう現場で存分に発揮する全力たるや、それはそれは計り知れないものがあったのをよく覚えています。こんなひとになりたいなー、なれるかなー、なりたいけれどたりないな!(あれ、「はたらくひとたち」ご存知ない?)といまだに思う尊敬すべきひとのひとりなのでした。今ごろどうしてるかなぁ。少しは近づけているといいなぁ。